2007年11月21日

プラハの春とヤッカくんの思い出

この間、帰国した時買って来たのやっと読めました。



同じような歴史の読み物として、ワイルドスワンを10としたら6くらいかな…
面白くなかったわけではないよ。

歴史学科だった私でも、東欧の歴史となると太字の事件を暗記した程度しかしらないから、まったく歴史の素養がない人にはちょっとわかりにくいかも…。
私はドプチェクにしても、ゴムルカやウルブリヒトにしても、
“あーそんなん暗記したわー”
ってちょっと懐かしい面白さもあったけど。


こういう話を読んでいて、いつも一番感動するのが、国を成り立っていく中での、若い人たちのものすごい情熱。
日本の維新もそうだけど、別に戦中みたいに、国にも誰にも教育されたわけでもないのに、日本のためと切腹してしまうくらいの愛国心、国づくりの時のこの若者の情熱ってなんなんだろう。

プラハの春は、まさにスロバキアの維新って感じで、激しく押さえつけてくるソ連や東ドイツなんかに対抗するチェコの人々の姿がほんとに美しい。
そして、やっぱり学生がほんとに熱くて、抗議のために焼身自殺してしまったり、ほんとに維新志士たちを見るようだった。

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ふと、ヤッカ君のことを思い出した。

私がヤッカ君とであったのは、大学の2年の時、アメリカのサマープログラムで参加したワシントンDCの大学だった。
彼はスロベニアの学生で、やはり短期留学という形でアメリカに来ていた。

寮が一緒だったので、他の学生と一緒によく遅くまでラウンジでおしゃべりしたりしたけれど、ヤッカ君は他の学生に比べてもなんだかすごくしっかりしていて大人で、いろんなことを話すのが楽しかった。(外見は、ヒトラーが好みそうなゲルマン的風貌でかっこいい)

スロベニアから来たと言われても、ぴんとこなかった私だけど、旧ユーゴだよ、と言われて納得。

それは単なるサマープログラムだったから、終了と同時に私は日本に帰ったのだけど、次の大学3年の歳に、1ヶ月ヨーロッパ旅行した途中でヤッカ君を訪ねることにした。
(今考えると、メールなんてない時代、当時の私の英語力でよく会えたなあ…)

ヤッカ君の家はスロベアニの首都のリュブリャナ。
イタリアやオーストリア国境から、確か列車で3時間程度しか離れていない、旧ユーゴといってもきわめて西欧に近いところだった。

リュブリャナの有名な鍾乳洞に連れて行ってくれたり、素敵なレストランに連れて行ったりしてくれたけど、何より面白かったのは、やっぱり旧ユーゴを感じさせる話。
夜遅く、学生がよく行くという、やはり出来たばかりのティーハウスに連れて行ってもらって、ヤッカ君の彼女や他の友達ともいっぱい話をした。


あれが、スロベニアのマクドナルド一号店なんだ。オープンした時はすごい行列ができたんだよ、とか、この道をまっすぐ行くとクロアチア方面だけど、今はまだ危険だから行っちゃダメだ、とか。

その時スロベニアは、まだユーゴスラビアから独立して5,6年しかたっていない時だったから、これから僕らの国はこうなっていくんだ、という喜びとか、自分が国を作るんだ、というやる気のようなものが、会話からあふれ出ていて、本当に学生たちがキラキラしているように見えた。
ヤッカくんは、うんと勉強して政治家になるんだ、といっていたから、冗談で“いつかヤッカ君が、スロベニアの大統領になってるかもね”
と言ったら、うん、ほんとだね、と普通に返された…


やっぱり国が成熟してしまうと、人は自由と安定を当たり前と思い、前進をやめてしまうのだろうか?
戦わなくても自由が約束されている日本で、学生があんなにきらきらするのはもう無理なんだろうか。

私は日本の学級崩壊だの、ニートだの、そういう話を聞くと、ふと彼らのことを思い出します。

この本を読んだら、あの時私が見た学生たちの輝きの片鱗は、見ることができるんじゃないかと思います。

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posted by ria at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本/映画
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